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静寂の路地はいつに無く。 怪しい歌声も叫び声も、懇願の電話も無く。 ただただ、降りしきる雨の音。 アスファルトを叩きつけては激しさを増し、目を閉じて聞いていれば、まるで銃声のようにも聞こえ、何かが崩れてゆく静かな破壊音にも聞こえる。 銀の髪を滑り落ち、頭皮から靴の中までぐっしょりと濡れた身体は軽いだるさを感じた。 一刻も早く家に、そして冷めてゆく体温を上げようと小走りに道を行く青年は、意味も無く頭上に手をかざしながら小さく悪態をつく。 「ッチ・・なんだって突然降りやがる!」 天候に文句を言っても仕方の無いことだとわかっているが、それでも素肌に着たコートの不快感、そしてそのコートと繋がっている珍しいガンベルトへと収められている銃が心配でならない。 自分好みに作られた大口径の二丁拳銃、エボニー&アイボリー。 それをちらちらと走りコートが翻る瞬間に見ながら火薬が濡れたりしないだろうかと不安げに確認する。 彼は何と無くそのついでに先にある空へ目を向けると、ふと足を止めた。 「・・・・・・・」 薄暗いあたりはまるで何も存在しないような錯覚を起こさせるほど静かで、空は隠してしまっている太陽を反射する白い雲々、肌に感じるほど叩きつける雨は激しいというのに、目の前に見えるのはその雲の隙間から差す光。 不思議で、神秘的とも思える光景・・なのだろうか。 彼はまた小さく舌打ちをすると、差す光を見上げたまま眉根を寄せた。 「・・・奇妙な天気だぜ・・」 不思議で 神秘的で 不気味で・・・どれを言っても当てはまり、どれを言っても曖昧なその空が 俺は 大嫌いだ。 ガンと硬いブーツの底で汚れた地面を蹴るように踵を返し、彼は再び帰路へと向かった。 店の入り口が自宅への入り口。 まだ何の看板も出てはおらず、ところどころ古さを感じさせる建物だが、作りは頑丈でどこか重い空気を持っている。 店の前で、もうどこか濡れていない場所があるのかといいたくなるほどぐっしょりと雨に濡れた彼―ダンテは、パンと意味も無くコートをはたき、銀の髪をガシガシと乱暴に掻いて水を飛ばすと、その店の戸を押した。 つい最近、知り合いの情報屋の仲介で格安で買い取ったこの店は中々に気に入っている。 路地は人気というものは少なく、ただ時折ざわつく空気は血や硝煙を交えピンからキリまで表には出ないものばかり。 それが、この世のものであれなしであれ、イカレた空気がゆったりと常に滞在していた。 『できるだけ物騒な場所がいい』 まさにリクエスト通りの場所なわけだ。 ダンテはガポガポと音のするブーツを玄関口で脱ぎ捨てて別のものと履き替えると、同じく重さが倍になったように思えるぐっちょりの紅いコートをソファーへと投げ置く。 それでも彼が歩いたフローリングの床には濡れた後がつき、彼は「あーあ」とやる気の無い声を漏らした。 「買ったばっかりだと、いくら元が汚いとはいえ自分では汚したくないもんだな」 そうは言っても、もう既にとても綺麗とは思えない有様だとは思うのだが。 内心それを解っていて言ってるので、彼は自分で一つ苦笑する。 片付けの行き届かない隅々は物が散乱し埃を被ってしまい、またダンテ自身は気に入っているが、所々に飾っている奇妙で少々グロテスクとも思えるオブジェは部屋全体を異様な空気にしている。 ぐるっと部屋全体を見回していたダンテは、ふ・・と笑みをこぼした。 それはどこか懐かしいというような、困ったような、不思議な笑み。 「まぁだからといって、注意する人間も、文句を言う人間もここにはいやしねぇが・・」 更に次いで、勿論・・・と呟くと、コツコツと乾いているブーツの音が静かな室内に響き、電話の置かれたテーブルの前で止まる。 カタンと彼は伏せられた写真立てを手にとった。 「・・勿論、ただいま、なんて・・言う人間もな」 一人ごちたその言葉は、写真の中で微笑む女性に語りかけているようにも思える。 だがその写真をまた元の位置におくと、店のガラス扉に視線を向け、「なぁ?」と尋ねるように肩をすくめた。 ソレはこの場にいない者へ。 「なぁ、そうだろう?―バージル・・・」 同じ日 同じ時 同じ血の元に生まれた 同じ顔と力を持つ。 そして 真逆の心を持つ者。 バージル・・ただ一人の兄弟。 「ああそうか、どうりでムカつく天気だと思ったぜ」 ダンテはクソッと皮肉めいた笑いを漏らすと、ガラス扉の向こうで降りしきる雨を見やった。 薄暗く、なのに仄かに白く、ガラスを叩きつけては滑り落ちてゆく。 こんな雨の日は決まってあいつは何処かへ行っていたな。 そして・・・完全に姿を消したあの日も― ―・・・・・ 「ったく!なんだって急降ってきやがるんだ!」 天気に文句を言っても仕方がない。 この頃から解ってはいても既に口癖のように同じ言葉を繰り返していた。 ダンテはバンと乱暴に扉を開いて室内へ入ると、濡れる床にムゥっと口を尖らせる。 また煩く言うんだろうな、あいつは。 いくらか前に再会し、共に過ごしている同じ顔を思い浮かべて、ダンテは大きくあからさまな溜息をついた。 双子の兄弟は自分と違って神経質そのもので、何にも興味がないようにしておきながら何かと煩くものを言う。 根本からお互いは違う性格だと解っていても、何かを共有している限り対立は仕方がなかったのかもしれないが。 ダンテはまた何か言われるんだろうと、自分の靴の形に濡れた床をつま先で蹴っていたが、ふと妙な空気に気づく。 確かにその存在を主張するような奴ではないが、まったく室内に気配がないように思えた。 「?・・・バージル?おーい??」 きょろっと一つ見回して頭を掻くと、ダンテは思いっきり床を蹴って兄の名前を呼んでみる。 「バージル!!」 しかし返事が帰るどころか、常人にはありえない衝撃で蹴られた床がビシッと嫌な音をたて、ダンテはぐはっ・・と大げさに頭を抱えた。 「あぁ・・やっちまった・・。まぁいいか、あいつ、また居ないみたいだしな」 どうやら本当に留守らしい兄へ安堵の息を吐くと、ダンテはコートをソファへ投げ置いて濡れた髪を乱暴に掻く。 辺りに飛びちった水滴が丸い柄を床に描いて、彼は少し楽しげに肩をすくめた。 ぐちょりとソファを濡らしてしまったコートを端に避けて自分も座ると、彼はぼんやりと虚空を見つめる。 何もすることがなかった。 元々家に居るからといって用事があるわけでも家事をするわけでもないが、こうも何もないとどうしていいのか解らない。 あまりに静かに感じた。 予想していた小言もなければ、仕事は先刻終えたばかりで電話もない。 雨の音が激しいかと思ったが、それは余計に人の気配を消し、動物の息も潜めさせ、静寂を際立たせるだけだった。 どこか心寂しさを感じる空間。 遠い昔にも、こんな風に感じたことがあっただろうか。 父はもう前に亡くなったが、母はその日出かけていて居なかった。 ただいま、と習慣的に帰ってきては言っていた自分は「お帰り」と返事が返ってこないのがすごく嫌で、静か過ぎる室内一杯に 音楽をかけては帰ってきた兄弟に「煩い」と怒られた。 そんなことを思い出しながら、妙な懐かしさに笑みがこぼれる。 あまりに遠い、もう、思い出に変わってしまった昔のこと・・・。 「・・・・・ただいま」 ぽつり、と、なんとなく言葉を漏らした。 返ってこないことは、今は勿論わかっている。 だが― 「・・・お帰り」 「!?」 ふいに背中から掛けられた声に、弾かれたようにダンテは振り返る。 あまりに驚いて勢いで振り向いた所為で、端に寄ったコートが当たって床へ落ちた。 「・・・バージル?」 「?何だ」 ぽかんとなんとも間の抜けた表情をしているダンテに、バージルは不快そうに眉根を寄せる。 それにダンテは慌てて首を振ると、いやぁと先刻から留守にしていたはずの双子の兄をじっとみた。 珍しく彼も雨に降られたか、濡れたコートをきちんと入り口の洋服掛けにかけて水を叩いている。 バージルはやけに見つめるダンテに、苛立った様にもう一度「何だ?」と低い声で問いた。 「あっと、いや、なんかアンタがまさか『お帰り』なんていうとは思わなかったからさ」 「・・・お前は俺が入って来たのが分かっていったわけじゃないのか?まぁどちらにしても、『お帰り』ならまだしも、お前が『ただいま』は可笑しいがな」 「あ?あぁ、たまたまこう・・独り言っつか・・」 どこか罰悪げに視線を泳がせて言うダンテに、バージルはふんと一つ鼻で笑い、濡れてしまった愛刀を振るい水を弾く。 床が濡れてしまうことに微かに眉根を寄せたが、既にダンテがそんな多少の水滴など目立たないほどに濡らしていたため気に留めなかった。 ただそこに空く穴には、どうしても溜息が出るものであったが。 「・・タイミングよく言ったものだな・・驚いてつい返してしまった」 どこか独り言のようにも聞こえる小ささだが、ダンテはそれをしっかり聞き取ると肩をすくめて笑う。 「アンタが驚いてつい?そりゃあ益々珍しいものが聞けたな」 バージルはそれに返事を返すこともなく、雨で降りてしまった髪を掻き揚げると部屋の奥へと入ろうとする。 ダンテはその背をなんとなく見ていたが、ふと引き止めるように声をかけた。 その行動が自分でも解らない。ただ、何かに不安を感じたのかもしれないし、単なる疑問だったのかもしれない。 「なぁ、どこに行ってたんだ?あんたは何時も突然居なくなり過ぎなんだよ。今日だって俺だけで仕事行って来たんだぜ?」 「・・・お前には関係ない。それとも、俺が居なくては仕事が出来ないとでもいうのか?」 皮肉めいた言い方は笑みを含めて返される。 ダンテの解りやすい表情はあからさまにムッとしていたが、「べっつに!」と突っかかることなくソファー越しに否定した。 しかし結局は床を蹴って立ち上がると、わざわざバージルの面と向って睨むように視線を合わせる。 常に喧嘩腰な彼にバージルは内心小さく笑うが、ダンテはそれを察してか眉根を寄せた。 「別に、対した仕事もなかったし、あんたが居なくても俺は今まで一人でやってきてたんだぜ? ただせめて、書置きくらいしたらどうだっていってんだよ」 「書置きだと?」 「あーあアンタには無縁そうだよな、全く。紙でも何でもいいから、どこに行くだとか何時に帰るだとかあるだろう?」 呆れたように頭をかいて溜息を吐くダンテに、バージルはさも理解しえんというように瞳を細める。 大体昔から意見の食い違いは当たり前で、こういうことも相違があるとは思っていたが・・・。 こいつはどうも、人間味にかけるところがあるんだよなぁ・・・。 多分自分が何故そういうことを言ったのかも分かっては居ないのだろう。 案の定。 「・・・何故そんなものが必要なんだ?」 「あぁ・・アンタらしい・・。あのなぁ、普通はこう・・一緒に住んでるんだったら、自分の状況をだな、教えておくものじゃないか?」 「だから、それが俺には理解しえんというんだ。何故一々お前に俺のことを報告する必要がある」 怪訝そうに眉根を寄せて尋ねるバージルに、ダンテは「あー・・」と間延びした声を漏らす。 どういったものか視線を泳がせ、口を押さえて考えるが、どうもそれを言うにはらしくなくて嫌だった。 「あーっ、そのだなぁ・・!えっとぉ・・」 「・・・・・大丈夫かお前は・・」 挙動不審な弟へ、流石のバージルもつい大丈夫かと尋ねたしまう。 ダンテは思わず頭を抱えるが、よし、と少し恥ずかしげに顔を上げた。 「あのな、普通は心配するんだよ!アンタはただでさえ・・ほら!怪我して帰ってきやがるからな」 トントンとつま先でバージルの足元を示すと、そこにはぽたぽたと少しずつ落ちてゆく赤い血が広がっている。 何事もないようにしれっとしているバージルからはその怪我を感じさせるところはなかったが、ダンテは目ざとく腹だなと聞いた。 「・・ああ、対したことはない。この程度で心配されるとはな・・余計な世話だ」 「むっかつく・・・!!あーっだから言いたくなかったんだよ!!家族の心配して何が悪いってんだ!!!」 くぅっと悔しげに拳を振るわせるオーバーアクションなダンテに、バージルは皮肉を言うものの呆れたように溜息を漏らす。 しかし彼のその素直な言葉は、例え相反し、決して仲がいいとは言えない兄弟であっても、悪いものには感じなかった。 「家族・・か」 ぽつりと呟いたソレは、ダンテが苛立ちに立てる地団駄の音で聞こえなかったが、バージルはふと口の端を上げてやや自嘲めいた笑みを零す。 当に、そんなものは・・・。 昔に失った大切だったもの。 それを自分が守れなかったことが今も胸に留まっている。 その感情が人間だと実感させることが腹ただしくて、バージルは小さく舌打ちをした。 感情豊かに、人を好んで人として生きることが好きなダンテとは違い、バージルはその感情を嫌っている。 そこらへんの悪魔とは比にならない魔力を持ちながら、人間の血を持つことで避けずまれ、また逆も同じこと・・。 ならばどちらかを捨てなければならない。 ならば、弱い人としての感情こそを捨て、悪魔としての力を最大に引き出し、絶対の力を手にすること・・それが己の存在を確かにする唯一の手立て。 だが・・・― 「?なんだよ??」 ふとバージルと視線が合って、ダンテは不思議そうに首をかしげる。 未だに恥ずかしかったのか罰の悪そうな彼をバージルはじっと見ると、別にと一言返した。 「?」 「・・・・・・」 こいつは理解しえんだろう。俺の言う力など、きっと・・。 ぎゅっと痛みのない腹部の傷を抑え、無言に立ち尽くすバージルをダンテは尚も心配そうに覗き込む。 「なんだよ。その程度もう治ってるだろ?どうかしたのか?」 「・・・心配要らないといっている」 「っち、ああそうですか。解ったよ、もう心配しねーよ。あんたもさせるようなこと、しないで欲しいもんだがな!」 言っている事が何処か可笑しいと、本人は気づいているだろうか? バージルは無意識に小さく笑うと、独り言のように呟いた。 「書置き・・か」 「あん?」 バージルは僅かに考えるような間を空けると、彼は「解った」と一つ頷いた。 「考えておこう」 「・・・そういうもんかな・・」 ダンテは今一腑に落ちない表情を見せるが、それだけいうと踵を返し再び濡れたコートを手にとって彼は出て行ってしまう。 それを見送ってダンテもまたソファーへ勢いで腰を下ろすと、汚れた天井を仰いで叫んだ。 「て、アンタ早速実行してねーじゃねーかよっ!!」 その叫びもむなしく、それが実行させることはこの先もなかったのだが。 その代わりというのかなんと言うのか、なんとなく、アイツが居る居ないとか、出かけるときとか分かるようになったのは何時からだったか。 まぁ元々、アイツが何をしにいっていたのかは知っていたんだ。 知らないフリをしていたのは、それを言えばすぐにでも、居なくなりそうな気がしたからかな・・。 「おかしな話だよなぁ・・」 自分はもっと人に興味がないと思っていたが、そうではなかったらしい。 いやむしろ逆といってもいいだろう。 ダンテは小さく苦笑して、俯いたまま扉を背にソファーに座っていた。 まぁだけど・・家族なんてのは、もうあいつだけなんだよな。 あいつは・・それを何処か否定しているようだったが・・俺と一緒に居るときの、あの表情ったら忘れられやしない。 ただどんなに気に喰わなくても、どんなに喧嘩ばかりしていても、変えられない血のつながりがそこにある。 それは無条件に・・・― 「・・・行くのか?」 その異変を感じさせた。 「・・・―ああ」 短い返事が、同じ声で冷たく返される。 返ってくるだけいいというものだろうか。 ダンテはくっとまた一つ笑うと、「そうか」とポツリと零した。 いってらっしゃいなんていう気にはなれない。 アンタが行く場所は、もう以前とは違う。 力を求め、人間界にある魔界に近い場所で、強い悪魔と戦っていた。 あの頃とは、瞳に宿るものがあまりに強すぎる。 それを覚悟というのなら、多分きっと・・もう。 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 嫌に静かな沈黙。 雨の音は激しく、人の気配は無く、生き物全てが息を潜め、一切の音を掻き消す。 まるで静寂というよりも虚寂の空間。 ああ俺は、こんな天気・・大嫌いだ。 何を言うわけでもなく、振り向くことも無く、引き止めることも無く、ただただソファーに深く座ったまま俯く。 例え引き止めても聞かないことを知っているし、なんといっていいのかも解らない。 そんなところばかり不器用な自分も好かない。 そんな思いを感じさせるのは、いつもいつも・・いつも、こんな虚寂に満ちた不思議な天気の日・・。 コツン・・と、ゆっくりと靴が床を叩く音が背後で響く。 微かな音のはずなのに、それはあまりに鮮明に大きく耳へ届いて、一瞬どきりと肩を震わせた。 扉が開く音も、歩を進める音も、全てが。 ほらやっぱり、結局アンタは何も言わず、何も残さずいっちまうんだ。 蝶番が軋み、ゆっくりと重い扉が閉まり行く。 すべての気配が無くなって、本当に 本当に もう誰も居ないのだと、痛いほどに感じさせた。 「・・・っ・・クソッ!!!」 ガン!!と硬いブーツの底がテーブルを蹴飛ばし、勢いで立ち上がる。 今更追ったところでどうするのか自分でも解らないが、ただただ・・・言いようの無い不安が溢れてどうにもならなかった。 「バージル!!」 濡れるのも構わず飛び出し見渡すも、もうそこには何の影も無い。 ただ叩きつける雨を弾き地面は黒ずんで、なのに白雲は光を反射しあたりを明るく見せる。 静かで、何も無く。 不思議で 神秘的で 不気味で・・・どれを言っても当てはまり、どれを言っても曖昧なその空。 こんな天気・・大っ嫌いだ。 「・・・・・・・・」 見上げ、ふと小さな笑みが漏れる。 それは悲痛か、自嘲か・・。 心配?寂しいってのか? なんとなく、腹が立つって気もする。 多分どれも本当で、それが異様に自分を哀しく見せている気がして。 ああ、ムカツク。 「アンタは何時も・・突然居なくなりすぎなんだよ・・・・・」 ぽつり・・と、風の音にも消されそうな、小さな呟きがゆっくりと零れ、次第にそれは苛立ちを帯びたように語尾を強くする。 僅かに俯いて足元に広がる水に映る微かな自分の顔を見た。 「どこに行くだとか、いつ帰るだとか・・・・」 ギッっと睨むように青い瞳がなんともいえない複雑な色を帯び、水分を含む熱い息を思いっきり吐き出す。 虚寂の空。 「書置きぐらい残していけってんだよ・・・兄貴―っ!!」 響く、だが届かない、白い雲に飲まれ、濁す雨に消された、ただ唯一の兄弟へ― アンタが何を考えてるだとか、アンタがしたいことだとか、なんとなく解るようになったのはいつからだったのか。 真逆だということは変わりなく、ソレはよくよく自分がわかっている。 いや、だからこそ、何か感じていたんだろう。 このときを、そしていつか来る時を― 次に会うときは、もう、その言葉を言うことは無いんだろう。 アンタがそれを望んだから。 アンタはその為に、何も言わずに去っていっただから。 解っているから せめてその時の覚悟が出来るように いっておいて欲しかった。 ああ・・雨が降る、雨が降る・・白い空に・・青い、何かに― ―――・・・・・・・・・・・・ 「らしい、って言えば、らしいのかもしれないな」 頭から熱いシャワーを浴びて、失った体温を戻してゆく。 多分、家族ってものがあいつには不要だったんだろう。 人間味の薄い奴だった。だからこそ、僅かな人間の感情が嫌いだった・・・俺が居ることで、その血があることで、 感じざるを得ない・・・・・馬鹿みたいな話だぜ・・。 ふとそんなことを考えながら、笑みを零して呟いた。それに被って、煩く電話の音が響く 「・・?なんだよ、まだ開店してないぜ?」 ダンテは少し面倒くさそうに言いながらも、手近にあったタオルをとって乱暴に自慢の銀髪を拭きながら浴室を出て音へと向った。 今度は雨ではない水滴で床を濡らしながら、勢いでローンの残る黒皮の椅子に座ると、長い足を机へ投げ出しその反動で蹴り上げた受話器を取る。 受話器の向こうで高い男の声がするが、ダンテはため息混じりに一言に断ると電話を切った。 「まったく、まだ名前も付けてねぇってのに、気の早い客が居るもんだ」 先刻注文しておいたピザを一枚手にとって口に入れると、次いでダンテは入り口の人影へと肩をすくめた。 「アンタもその口かい?シャワーなら勝手に使いな、トイレは裏だ」 冗談めいて言うと、それでもその人影―神父のような真っ黒な服をまとった異様な空気の男は、靴の底を鳴らしダンテの前へと向ってくる。 「ふぅん?」 妙な空気だな。これだから今日みたいな日は嫌なんだ。 確証のないことに嫌だといったところでどうするも無いが、ダンテは更に告いだ彼の言葉に確信した。 「君がダンテかね?スパーダの息子だとか・・・」 「・・・それをどこで?」 ・・決まってるよな。 「君の兄上から」 ダンテの前に立ち、じっと見下ろしてくる男の視線の気持ち悪さに、ダンテは不快げに眉根を寄せる。 その視線が、母の形見のアミュレットへ注がれていると解っていたが、どちらにしても気味の悪い目だ。 しかし彼はただ黙ってその男を見上げると、男は机に手をかけながら言った。 「君の兄上から招待状を預かっている。是非受け取っていただきたい」 「・・・へぇ、招待状」 その言葉を返すよりも早く、男の手が机をすさまじい勢いで返しダンテへ叩きつけるが、彼は軽く身を返して落ちた机へと銃を構え降りる。 銃口の先にその男は居ないが、ダンテはさも楽しげに、そして微かに皮肉とも取れるように唇の端を上げ微笑んだ。 「書置きはしていかねぇくせに、招待状だって?『考えておく』ってのはこのことかよ?なぁ、バージル」 この場に居ない、双子の兄弟の名をどれくらいぶりに呼ぶだろうか。 ダンテは次々と湧き出てくる悪魔どもを一掃すると、コートを片手に事務所を出て行った。 「お帰りとでもいってやるべきか?」 一笑して肩をすくめ、あの日のように乱暴に開け放った蝶番は軋み、不気味な天気は尚も続いている。 つくづくと、アンタは今日みたいな天気を好んでるらしいな。 だが俺はこんな天気大嫌いだ。 「アンタは突然居なくなって、何時も突然現れる。しかも今度は、いったい『何』として俺を誘ってるんだ?」 睨むように青い瞳は、先に現れた巨大な塔を見上げ笑い飛ばすように両腕を広げる。 不思議で 神秘的で 不気味で・・・どれを言っても当てはまり、どれを言っても曖昧なその空が 俺は 大嫌いだ。 だってそうだろう?アンタは何時もこんなに日に出て行って、こんな日に戻ってくる。 そして出て行ったきりかと思ったら、今度は俺に来いなんて言ってきやがるわけだ。 だいたい、その塔に馴染む姿が、余計に気に喰わない。 招待されてやろうじゃないか。 俺はアンタに言いたいことが山ほどあるぜ? ゆっくりとそのまま歩き出すと、彼は叫んだ。 「当然もてなしてくれるんだろう?なぁ―”バージル”!!」 先刻濡れたとも解らない綺麗に手入れされた愛銃と愛剣を背に携え、ダンテは力強く歩を進める。 次第に晴れ行く空を背に、彼は『バージル』を目指し行く。 アンタが居るとか居ないとか、何を考えてるだとかなんだとか、なんとなく解るけれどソレは確かなものじゃない。 「今度はアンタの口からきっちり聞いてやるぜ」 楽しげに懐かしげに、哀しそうに苛立つように、複雑なそれは悪魔の声へかき消されてゆく。 だからこの言葉もきっと届いては居ないだろう。 ―それが嫌なら今度から・・・。 「 書置きだけは残して置くんだな 」 Fin... コメント>>> 兄弟から敵へ映る瞬間。 |
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