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アンタは覚ちゃいないだろうな。 そんなことを思いながら、剣を振りぬき銃を鳴らす。 悪魔スパーダの強大な力に酔いしれた醜い塊。 その塊―アーカムへ従うように、頭から幾重にも襲い掛かってくる巨大な蛭のような魔物。 どこからとも無く沸いてくるそれはとめどなく、あたりを囲まれたことに気づくとダンテは小さく口の端をあげた。 不敵なその笑みは楽しそうで、何処か嬉しそうにも取れる。 快楽主義の彼が戦いの最中によく見せる表情だが、今回はまた一段と強く笑っていた。 飛び掛り、赤黒い壁が出来たかのように襲い掛かる前の敵をリベリオンで一気になぎ払い、背後の敵へ遠心で更に剣を振るう。 しかし振返った瞳の先には敵ではなく、彼はさらにその後ろを見ているようだった。 振り向きざまの一太刀を、ダンテはビタッと背中半分ほどで意図的に止める。 ダンテは剣を納め愛銃のエボニー&アイボリーを握り締めると、生臭く”赤黒い壁”へと向けた。 鈍く重い音が震え響き、同時に鋭く冷たい高い音が、ダンテの耳へ届く。 先刻放った銃弾と共に切り裂かれた魔物の向こうへ深い青の裾が翻り、ダンテの薄青色の瞳に、先刻から映り続けていた人物。 「よぉ・・バージル。そいつぁ俺の獲物だぜ?」 ダンテは肩を竦め嫌味に笑うが、同じ顔をした彼・・兄であるバージルはふんと微かに眉根を寄せるだけ。 それに少しつまらなそうに手にした銃を起用にまわしながら、左右の敵を見もせずに打ち抜いた。 そのまま、更に言葉を次いでかける。 「こうして向き合うと、まるでアンタと戦ってるみたいだな」 「・・・間違いではないがな」 バージルは表情こそ薄いが、笑い混じりに返す。 このテメンニグルに来て幾度か交えた、バージルが手にする血の伝う刀を、ダンテは見つめる。 「はっはー!確かにそうだ。けど、今は違う。今は、俺とアンタは背を向けているべきじゃないか?」 「互いに前の敵だけを倒せ。そういいたいのか?」 お互いに今なお休めずその手を動かし敵を薙いでいるが、落ち着いた声音も表情も一向に変わらない。 しかしダンテはふ・・と困ったような笑みを浮かべると、「違うな」とまた繰り返した。 怪訝に眉根を寄せるバージルに、ダンテはくるっと背を向ける。 低い声は静かに、懐かしむように、記憶を辿るように、ポツリと漏らされた。 「振り向くなって、事さ」 どこか独り言にも聞こえるが、バージルはそれに一瞬沈黙する。 ダンテもそのまま何も言わず沈黙が流れた。 まぁやっぱり どうせ アンタは 覚えちゃいないだろうな。 ―アンタは道を振返らない。 己の辿った道があっていようが間違っていようが、振返って悔いることも喜ぶこともなく、ただ目の前の全てを己の意にしたがって進んでゆく。 ―俺は道を振返る。 己の命をさらして戦い続けた道は、決してよかったとばかりはいえないと分かっている。 その中で、もしかしたら誰かを巻き込んじまったんじゃないかって、不安で振返っては悔いもする。 だが 「俺は、アンタを振返らない」 ぽつ・・と小さく零れた声は、今は背を向け戦っているバージルに聞こえては居ない。 激しく響く銃声にかき消され、剣の切り裂く音にかぶさり、血の色に飲まれるだろう。 それを分かっていて、また一度心の中で同じ言葉を繰り返すと、無意識にトリガーを引く手をそのままに、彼はふと僅かな間瞳を伏せた。 いつだったか・・ああそうだ。 まだ、俺らが二人でこうして背を向けて戦っていた頃。 敵では、なかった頃だ。 もう大分前のことになる。 悪魔に襲われた悲劇の家族は2人の子供・・双子が生き残り、ある日帰ってきた兄と弟はその血に宿る悪魔の力と強さを用いてデビルハンターをしていた。 まだ独りで生きていくにはあまりにも幼くて、かといって何処か働くこともなく、これが一番性にも合っている。 二人悪魔の群れに突っ込んでは、今以上に綱渡りをしていた気がして、今では思わず苦笑する。 ―――――・・・・ 煩くて仕方がない。 一言そう言って、シャンと澄んだ音を立てて刀を抜いたバージルに一つ頷き、ダンテも腰から2丁銃を構える。 お互いに背をくっつけて獲物を振るいだし、離れては僅かに近寄り背を向け合って戦ったのを覚えている。 「あれま、これは囲まれたのかね?」 ダンテは相変わらず緊張感の無い声で、笑いながら背中向こうの兄へ問う。 彼がそれに返事をするわけがないと知っていながら、それでもダンテは何度か振り返っては声を掛けた。 「どれくらい居ると思う?」 「・・・・・さぁな」 「つまんない奴だな。じゃあどっちが多く倒したか競うか?」 「くだらんな」 「ああそうかい」 「・・・・・・・」 「ダンテ」 「あ?」 ちらちらと何度も何度も不自然に振り向いては、目の前の敵から一瞬目を逸らし話しかける。 バージルは漸く黙って前を攻撃し始めたダンテへ、感情の薄い声で名を呼んだ。 あまりに珍しい事に、ダンテは思わず驚いて撃つ手を止めて振り返ってしまう。 しかしバージルはそれに不快そうに眉根を寄せると、ダンテへ向かい刀を横振りにする。 「?うっわ!」 思わず反射的にその太刀を受け止めるべく背の剣を抜こうと身構えるが、ヒュ・・と、小気味のいい音は耳を掠めた。 直ぐに甲高い叫び声と骨を砕いたような破壊音が響く。 「・・・・・・・」 崩れ落ちたシンサイズは砂となりダンテの横へ小山を作り、ダンテは先刻の彼の太刀が斬ったものに気づくと、罰悪げにバージルを見た。 バージルは呆れたように一際大きなため息をつくと、直ぐに踵を返し背を向けてしまう。 何も言わないそれに余計調子悪さを感じ、ダンテは小さく悪態をつき彼に背を向けた。 が、それを横目にバージルは確認すると、またゆっくりと低い声がかかる。 「ダンテ、お前が振り向く必要はない」 「あ?意味わからないんだけど?」 唐突なその言葉の意図がつかめず、「さっきのはアンタが急に声を掛けるからじゃねーか」と嫌味で返す。 それに小さく笑って、バージルは「なるほどな」と呟いた。 「さっきのは、そうかもしれんな」 「だろう?」 「・・だが以前にお前は何度振り向いている。大した力もないんだ、目の前の敵だけ払っていればいいだろうに」 「なんだって?」 皮肉交じりに返された言葉が頭にきて、ダンテはギッと睨みつけるように、ついまた振り返った。 少しばかり離れて背を向け戦う兄へ、つかつかと歩みよると、もう一度「どういう意味だ?」と鋭い瞳を向ける。 以前から力というものへ執着の強いバージルがよく口にする言葉ではあったが、その執着もわからないダンテにとっては自分が「非力だ」と言われているようで仕方がない。 いや、実際そうなのかもしれないが、その方が尚腹が立つというものだ。 睨み上げてくるダンテへふんと一笑すると、バージルは一向に背を向けたまま答えた。 「お前に心配されるほど、俺は、弱くはない」 「・・・っ・・・」 自分がそんなに強いのか、というような、いつも言い返す言葉が今は出なかった。 一瞬視線が泳いで、そのまま足元へ落とし地面を蹴ると、苦い表情を僅かに浮かべる。 だがそれを見せまいと「けっ」と一つ強く笑い、肩をすくめて向き直った。 「・・・・・・・へぇ、そうかい。けどな!別に俺はアンタが心配で振り返ってるわけじゃねぇぜ?」 精一杯いつも通り。の、つもりだ。 確かに、今まで一人だった自分にとって、さして仲が良かったとは言えない兄弟であっても居ないよりはマシだと思う。 今までが一人で戦っていたからこそ、今では、背に誰かが居るからこそ、不安を感じることだってあるじゃないか。 だからまぁ正直言うと、図星といわれればそうなんだが・・・。 心配で振り返る・・全くらしくもないが、その通りだ。 「これだけの数が居て、俺は銃に剣、アンタは刀一本。背を向けあって戦ったとしても、どうやったって数は余るってもんだろう?前だけなんて足りるかよ」 言いながらまたじりじりと迫ってきた鎌を持つ悪魔の額を撃ち抜くと、だろう?と肩をぐるっと辺りを示すように腕を振るいジェスチャーで伝える。 対しバージルは、す・・と刀先を動かすと、飛びかかろうとしていたセブンヘルズを上下へと両断していた。 「これでもか?」 「・・・へっ、そうですね、大した腕だよ」 最早こうなると、嫌味というか少々負け惜しみにも聞こえるが、バージルはあえて何も言わずに笑う。 しかしふと表情を変えると、再び会話を戻した。 眉間に刻まれた皺は不快そうだが、違う何かを思っているようにも取れる。 その違う何かは、ダンテに解りはしないが。 低い声が?ぐ。 「とにかく、お前が振り向く必要はない。何を考えていようが、俺には関係もないがな」 「・・・」 なるほど、心配されてようがなんだろうがどうでもいいってことか。アンタらしい。 だがムカつくがその通りだと思うと、ダンテは腑に落ちないながら納得に頷く。 複雑なことを良くやってのけると思うが、それを知る者はいないのだから別に構わないだろうか。 ダンテは更に数度意味なく頷くと、わざわざ視線を合わせて言った。 「OK、じゃあそれでいこうか。俺はアンタを振り向かない」 「ふん・・」 それが返事の代わりなのかよと、内心ため息をつくがダンテは肩をすくめて背を向ける。 最後に青いコートも背を向けるのを横目に確認して、剣を手に取る目前の敵へと突っ込んだ。 「はっはー!」 相変わらず、楽しげに笑う声が悪魔の断末魔へ混じってゆく。 剣の高い音だけが異質に響き、繰り返し繰り返し、敵が絶えるまで。 それを聞きながら、手は休めずに、振り返りもせず、ぽつり、と漏らす。 ったく・・人がなんで折角心配してやってたと思うんだよ・・。 それはアンタが・・― 「アンタばかりに心配されるのは、ごめんだからな」 横の敵を払いがてらに少しだけ青いその背を見る。 剣の形は同じであるのに、段違いの速さと、独特の呼吸によって振るわれる剣先は、確かに自分が手を貸すようなものではない。 ただそれでも、振り向かずに居られなかったのは。 上げられた揺れる銀の髪に、ゆっくりと同じように触れる青いコート、ほんの一瞬だけ。 ―ほら 「アンタは、俺を振り向くんだ」 青い瞳が過ぎるように確認するように。 だから、俺もつい振り向いた。 その瞳が、まだそこにあるのだろうかと。 時折気づかれないように振り向いては直ぐに視線を戻す。 何を思っているのかは、バージルがダンテへ言ったことと同じく「解りもしないし、関係もない」。 けれど、ダンテは少しだけ、その理由が解る気がした。 アンタは・・― ―・・・・・・・ アンタは 「オニイチャン・・なんだ」 どこまでもどこまでも、嫌っていようが、お互いに殺しあう存在であったとしても。 根底にあるそれは消えはしないのか・・・・・・・・。 ダンテは目の前のヒル達を全て叩き切りながらポツリと漏らす。 懐かしむような、どこか切ないような呟きは水分を含み、自分でそれに気づくと小さく苦笑した。 俺だって・・そう弱いつもりは、なかったんだけどな。 放った弾いた敵を切り上げて銃を幾重にも重ね発砲する。 降る排きょうと硝煙が、慣れたとはいえいつもなら邪魔なのだが、今はそれよりも、自然と頬を伝うものこそが、視界を濁してゆく。 不思議なもんだ。 悪魔は泣かない。 そういい続けて、ここまで来ているというのに。 忘れていた言葉や、今この背にあるものが・・説明しがたい感情を生む。 昔っから解っていた。 死んだと思ったアンタが帰ってきたときから、なんとなく、いつかはまた消えるだろと。 それに対しての覚悟も、そして、消えた後の・・今この状況さえも、どこかで感じていたんだ。 こうして敵同士となること・・。 全ては、ずっと「なんとなく」。互いのことを察しても、理解し得なかった存在ではあったのだから・・。 ただ予想外だったことが一つ。 「またこうして、アンタと背を向けて戦うなんて・・な」 「・・・・・そうだな」 独り言のはずだったその言葉は、いつの間にか目の前で背を向け戦っている彼へと届き、珍しくも返事が返る。 ダンテは驚き、少し府に落ちないが妙な嬉しさを感じると、「だなぁ」とまた一言だけ返した。 たまたまとはいえ、その背をじっと見つめる。 溢れる懐かしさばかりが、ただただ頬を伝い足元ではじけてゆく。 戦いに振るい続けている腕では拭うことは敵わずに、久しく感じていなかった、温かさに思わず俯いた。 ああムカつく。癪だけど、どうしようもないくらい、懐かしくて嬉しくて・・・・・・・。 アンタは何も変わって無くて、気がつけば側で戦っている。 敵でも、味方でも・・・。 「・・・きっと今、見れない顔してんだろうなぁ・・俺」 本当に小さく、空気の揺らぐ音にすら消え入りそうな声で呟くと、ダンテは複雑気持ちに一つ頭を降る。 それでこの気持ちが消えることはないと思っていても、ただただ願うように。 向き、変えねぇと・・・・ アンタは俺を、振り向くから・・。 それが嬉しかったはずなのに、今はどうか。 どうか・・・・― ―・・・振り向かないで。 こんなの、見せられやしないだろ? 「・・・!」 ふと頭上に影が下りる。 すっかりと違うことばかりを考えていたダンテは、襲い掛かる敵への反応が遅れ、銃を向けようとしたが間に合う距離ではない。 小さく舌打ちをし、霞んだままの瞳を奥歯と共にきつく絞めた。 が、ひゅ・・と、いつか聞いた澄んだ冷たい音が耳をかすめ、甲高い叫び声が響く。 間の前で両断された悪魔の血はあふれ出し、ダンテは頭からそれを被った。 「げっ・・・ぶはっ・・!!」 つい仰け反った身体は足場の悪さに後ろへと転び、すっかりと血と泥でぐっしょりになったダンテは頭を大きく降る。 あたりに飛び散るその色とニオイに顔をしかめるも、目の前に立つ青い裾に気づき見上げた。 「・・・バージル」 「・・・何をしている」 冷たい声は怒りなのか呆れなのか、強い口調で尋ねる。 しかしダンテはその質問が今一分からず「は?」と首をかしげた。 「何をしていると聞いている。戦いの最中にぼうっとしているなど、死にたいのか?それが望みなら俺は構わないが」 「・・・・・・−」 「俺に振り返るななどと大口を叩いておいて、良くそんな腑抜けたことをしたものだな」 「・・・はは・・」 素気なく言い放たれたその言葉に、ダンテは思わず小さく笑う。 それがあんたの優しさかよ。 分かりにくい、気遣い。 頭から被った血のおかげで、頬を伝っていたものはどれだけまじまじと見ても分からないだろう。 先刻から隙だとばかりに襲い掛かってくる悪魔をダンテの分まで片手で起用にさばくバージルをダンテは改めて見上げると、 一つ肩をすくめた。 「ちょっと油断しただけだ。あれくらい、どうって事ないさ。だからもう・・アンタも振り向かなくていいんだぜ」 「・・・ふん」 「・・それが返事かよ?」 相変わらずだと一笑し、ダンテはくるっと背を向ける。 それをバージルも半ば無意識に確認してから背を向けると、彼らは再び自分の前の敵に向って走り出した。 あの頃のように、再び。 やはりバージルは、それでもチラッと時折こちらを伺う。 ダンテはをそれを知っていて、振り向かず目の前の敵だけを払ってゆく。 背に居る彼に安心を抱いているものの、自分の力に自信を持ち、それを見せ付けるように軽やかに敵を薙いでいく。 剣を振るい銃弾を放ち、そうして漸く全て一掃すると、ゆっくりと振り返った。 尚も自分の前の敵を払っているバージルの背を見つめ、またほんの一瞬降る向いた青い瞳に気づかれない程度に微笑む。 アンタは結局、オニイチャンなんだな・・。 根底にあるそれは変えられない。 繋がる血も、全てがあの日と変わりはしない。 だけど、それじゃ駄目なんだろう? 「アンタが望んだのは、それじゃない・・家族や兄弟なんて・・血族を望んではいないんだ」 ゆっくりと泥の上に積もる悪魔を踏みつけ、バージルの横へと歩み行く。 リベリオンを引きずって彼の隣へつくと、ダンテは横目に目線を合わせた。 「俺の前は無くなっちまった。あんたの後ろは何にもないぜ」 「ほぉ?だが加勢は不要だ」 「・・・違うな、俺は俺の前の敵をぶっ飛ばすだけさ。アンタも前を見て戦えよ」 冗談めいて肩をすくめ笑うと、バージルはふと沈黙する。 だがそれを了承ととったのか、ダンテはグッと剣を握る手に力を込めると一歩踏み出し力任せに敵を両断してゆく。 「・・・・・・」 バージルはそれを見つめ、ふと一度後ろを振り向き、本当に何もないことを確認すると小さく笑った。 本当に僅かに、誰も気づかない程度に零れた微笑み。 今振り向かれたら、俺はなんといっていいのか分からないだろうな・・・。 らしくもないその考えを一笑して飛ばすと、バージルもまたダンテの横へつくように一歩踏み出し刀を振るった。 銀の髪が並び、瞳が合った瞬間に、二人は互いの一番らしい表情で言葉を次ぐ。 「振り向くなよ」 ただ前を、ただただひたすらに。 今は―・・・ Fin.... |
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